PROLOGUE
熟成鮨 万
彼は何を追い求め、
何が彼を突き動かすのか。
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旨みに取り憑かれた
稀代の鮨職人、白山 洸。
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常軌を逸脱した探究心を持つ彼の脳からは
イマジネーションが止め処なく溢れ、
それらを熟成鮨という一皿で形に成していく。
境地に辿り着いたように見える彼だが
決して歩みを止めることはない。
過去、現在、未来。
磨き上げた技術とこだわりには
裏打ちされた物語がある。
白山の記憶を辿ることで
万での一皿、彼の描く未来に
否が応でも期待が膨らんでしまうだろう。
白山が手掛ける熟成鮨の罪深き魅力を
あなたは知ることになる。
HISTORY
大将・白山の追憶
テレビゲームに明け暮れる少年時代、
『熟成鮨 万』の物語は始まっていた。
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生まれ持った探究心、
一線を画すゲーム攻略。 -
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当時流行していたテレビゲーム。
少年時代の白山も例に漏れず、
画面を前に熱中する日々を送っていた。
しかし、
同級生とは向き合い方が明らかにちがう。
白山はノートを片手に、
メモを取りながらストーリーを進めていく。
ネットも黎明期であり、
攻略情報も簡単には手に入らない。
類まれなる探究心を持つ白山は
分析と挑戦をひたすら繰り返し、
己の力だけでゲームを踏破した。
「分からないことは徹底的に調べる」
少年時代からの変わらない姿勢が
今の“熟成鮨 万”を形作っている。
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高校生・白山、
初めての敗北を知る。 -
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中学でテニスを始めた白山。
持ち前の分析力で、
今の自分には何が必要かを見極め、
最適なトレーニングを重ねていく。
順調にキャリアを積んでいた白山だったが、
高校最後の大会で、今や誰もが知る
世界的テニスプレイヤーと対戦する。
結果は惨敗。
圧倒的な実力差を前にして、
努力ではどうにもならない壁を知った。
初めての挫折を経験し、
進路を見つめ直した白山。
テニス以外に関心のあった
“料理”と“保育”を天秤にかけた。
悩んだ末、寮とまかないの魅力に抗えず、
鮨屋へ弟子入りすることを決意する。
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熟成鮨との出会い。
過酷な環境下での研究。 -
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学校の紹介で大阪の鮨屋に就職した白山は、
関西鮨の大将のもと修行を始めた。
2ヶ月ほど経った頃、大将から
“魚は寝かせると美味しくなる”と聞かされる。
実際に3日寝かせた鯛を食べた白山は
美味しさ、そして旨さに魅了された。
「旨みが深い…。
さらに寝かせたらどうなるのか。」
持ち前の探究心がうずき出す。
魚を寝かせ、1時間ごとに舐めて
味の変化を記録するという研究を
空調がない寮の自室でひっそりと始めた。
夏は酷暑、冬は極寒。
厳しい環境の中で実験を繰り返しながら、
確実に熟成の深みに嵌っていく。
これが白山と熟成鮨の馴れ初めである。
そして2年の修行と研究の結果、
鮨職人として目指すべき道が浮かび上がってきた。
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「俺のコピーになるな。」
胸に刻まれた師匠の金言。 -
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自分に必要な技術を身につけるため、
江戸前鮨のお店に弟子入りする白山。
そのお店の大将は、白山が師匠と慕う人物。
江戸前鮨の技術だけでなく、
洗練された職人としての立ち振舞いは
今でも白山の指針となっている。
そんな師匠が口酸っぱく
話していたのが先の言葉。
ただ模倣するだけでは
そこに意味が生まれない。
“常に自分を超える姿勢を持て”
師匠からもらった言葉が、
工夫を凝らし続ける白山の姿勢に拍車をかけている。
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突如訪れた異変。
分岐点となった空白の二ヶ月。 -
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束の間の休息を楽しむつもりの白山だったが、
ある日突然身体が動かなくなり、
全ての活力を喪失してしまう。
理由も思い当たる節もない。
しばらく部屋の片隅で虚空を
見つめるだけの日々を送ることになる。
「なぜ生きているのか」
「なぜ働いているのか」
「なぜ鮨を握っているのか」
頭のなかで自問自答を繰り返すこと2ヶ月。
また異変が起きる。
突如迷いがなくなり、自分の行くべき道筋が
はっきりと見え出したのだ。
目を醒ました白山は、
水を得た魚のように生命力が溢れ始める。
にわかには信じがたいが、
空白の2ヶ月間は人格形成にも影響を及ぼした。
迷いがちで他人の目を気にする性格だったが、
周りに構わず、目標に向かって
突き進む別人へと変貌する。
『やりたいことをやろう』
そこから万の開業まで、
歩みを緩めることはなかった。
この一連の出来事から“覚醒”した、
と後に白山は語っている。
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『熟成鮨 万』開店。
未到の旨みへ。 -
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覚醒した白山は探究心に磨きがかかり、
異常なまでのこだわりを見せ、
理想の熟成鮨に必要な素材を集めた。
そして、
ついに『熟成鮨 万』を開店。
万の経営方針は、
常人からは理解できない領域まで追求し、
気持ち悪いほどこだわる職人になること。
その想いは食に関することだけでなく、
店内の細部まで考え抜く姿勢に表れている。
2020年にミシュランの星も獲得し、
世間的な評価も手にしているが、
未だ思い描く一皿は表現できていない。
米、魚、醤油、酢、酒、包丁...
理想を形にするため、
白山は最高の材料を探し求める。
STRUCTURE
万の六大構造
こだわりはお米を中心に集約する。
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「鮨は
シャリを食べる料理。」 -
白山は極上のお米を味わってもらうため、
魚や醤油、包丁の研ぎ方までこだわっている
と言っても過言ではない。
現在使用しているのは、
「万米」という万のオリジナル米。
均整の取れた粒、割れ欠けがない状態の良さ。
口に運ばずとも違いが分かるほどの
上質な玄米を見つけ出した白山。
籾状態で寝かせる時間、水分量・温度の調整など、
お米農家と共同で突き詰め、万米が誕生した。
当然、調理の工程にも妥協はない。
お米のために選び直したお酢、
炊き上げ用に取り寄せた天然水、
プログラムを変更した特注品の炊飯器。
気が遠くなるほどのこだわりを経て、
万のシャリは完成する。
「シャリという食材を、お魚というソースで食べる。」
お米は白山の探究心を最も体現した食材である。
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「魚の個性が
活きる熟成鮨を。」 -
天下の豊洲市場で
仕入れている魚は1割以下。
食材探しの道中で
出会った全国の漁師が、
最適な処理を施した鮮魚を主に使用している。
仕入れる魚は決まっていない。
漁師それぞれが
白山の表現したい料理を理解し、
その日のベストな魚を運んでくれる。
万の料理が
おまかせコースのみの理由は、
届いた魚を見てメニューを組み立てるからだ。
白山曰く、
「お客様ファーストではなく、お魚ファースト」
魚を起点に万の料理は構成されている。
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「醤油で
シャリとネタをつなぐ。」 -
本来、魚が活きた鮨であれば、
醤油は漬けずとも美味しく味わえる。
それでも白山が醤油を使用しているのは、
「醤油はシャリとネタを結びつける役割を担う」
と考えているため。
シャリ、ネタ、そして醤油。
三位一体となることで鮨としての完成度が高まる。
福岡県糸島で醸造された醤油は、
麹の味、大豆の甘みをしっかりと残し、
醤油としての存在感も申し分ない。
ネタを食うほど深い旨味を上手く調整し、
仲介役として成立させている。
サッと塗っているだけに見えるが、
漬ける量もネタによって変えるなど、
醤油には想像以上に緻密な仕事を施している。
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「鮨は
お酢が土台となる。」 -
芳醇な香りが広がる店内、
万に訪れてまず感じるのは、お酢の存在である。
主役となるお米を引き立たすお酢は、
鮨において土台とも言える役割。
いち早く重要性に気付いていた白山は、
修行時代から50種類以上のお酢を買い漁り、
ブレンドを繰り返し試行錯誤していた。
現在使用しているお酢は万を開店後、
鮨職人が一同に会す「シャリサミット」にて出会う。
赤酢と米酢、それぞれを口にした瞬間、
混ぜ合わせれば理想のシャリができると確信した。
コクと酸味の調和が取れた京都産のお酢は、
万という舞台をしっかりと支えている。
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「お酒で
第三の味わいへ。」 -
お酒の余韻を残しながら、
料理を舌上で重ねることで未知の味わいが広がる。
お酒は 別添えのソース だと白山は捉えている。
万ではSAKE DIPLOMA(酒ディプロマ)の
資格を持ったソムリエが日本酒を厳選。
なかでも"行待"という酒職人の醸造酒は、
メニュー表記も別にするほど
万のなかで特別な位置付けとなっている。
基本的に日本では卸していない代物であり、
下戸である白山が嗜みたいと思う唯一の日本酒。
息を呑むほど繊細なお酒と重なり合い、
万の熟成鮨は新たな顔を覗かせる。
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「包丁は
ただの道具ではない。」 -
白山は知っている。
包丁の切れ味や素材によって
同じ食材を切っても、味がまるで違うことを。
食材や調理法が変われば、
それらを活かす包丁も変わってくる。
料理において切ること、すなわち包丁は
とてつもなく重要な意味合いを持つ。
白山はその考えを体現するように、
毎日三時間ほど包丁を研ぐ時間に割き、
一日で何本もの包丁を使い分けている。
切れ味を追求し、
研ぎにも人一倍時間をかける。
白山は洗練した包丁で旨みを逃がさない。
EPILOGUE
熟成鮨 万
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そして、白山は。
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見えない“こだわり”ばかりかもしれない。
しかし、細部まで考え抜かなければ、
白山の発想は形にできないのだろう。
先に見据えるのは、究極の自己表現。
熟成鮨は白山自身であり、
万は彼を表現するための舞台である。
「自分のなりたい自分になる」
科学的に旨みを追求する現代の職人が
鮨と共に時間を刻む。
次はどんな作品を魅せてくれるのだろうか。
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